スパイク・リーがNYU学生に薦める86本の映画 「8 1/2」はフェリーニが送った人生を凝縮したもの

2017年6月18日

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画監督スパイク・リー。ハーバード大学で授業も持つ彼が、NYUに通う映画監督の卵たちに薦めた86本の映画があります。

「8 1/2」はその86本のうちのひとつ。イタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニの長編8作目です。

はっかにぶんのいちと読みます。

この映画、普通に観るとよくわかりません。
大きな事件は起きないし、突然空想や妄想の世界がはじまったりするし、人間関係がすぐにわかるようになっていないし。
なんの話なのかよくわからない。

でもね、実はとてもわかりやすく、共感しやすい映画でした。
この映画、フェリーニ自身が感じた、映画監督としての日常や葛藤や悩みがてんこ盛りの映画でした。

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「8 1/2」ざっくりあらすじ

スランプに陥った映画監督のグイド。新作として取り掛かっているSF映画の製作をどうしても進めることができません。
訪れた療養地で愛人や妻を呼んで療養しつつ、映画作りを進めていきます。アイデアも湧かず、キャストも選べず、思うように進めることのできない映画製作で精神的にもしんどい。そんな中、ついにしびれを切らしたプロデューサーが、大勢の記者を呼んで制作発表を行おうとしますが、その場でグイドはついに。。。

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「8 1/2」をこんな風に解釈してみた

映画の冒頭から、状況のわからないシーンが現れます。
車が大渋滞している中で、音はほとんど聞こえないけど、そのうちの1台の車の中が煙で充満されてきて、
運転席から必死に出ようともがいている男がいて。

かと思ったら、車の上に両手を広げて立ち上がっている男の姿から、
空中を舞っているシーンにつながって。

おそらくこれは、グイドの心象風景なのですが、「8 1/2」の全編に渡って、
このような心象風景が結構唐突に現れます。

その唐突さにストーリーがわからなくなってしまうんですが、
でもこの映画、主人公が映画監督であるところでもわかるように、フェリーニ自身を描いているものにほかなりません。

細かいシーンの説明とか解釈は置いといて、
この映画で描かれているのは、とある映画監督の日常。

監督の日常って、きびきびと撮影ばっかりしているんじゃないのがほとんど。
アイデアを考えたり、脚本を考えたり、それを否定したり、プロデューサーに提案したり…

そんな日常の中で起きる映画監督あるあるが、次々と出てきます。

批評家とか他人の評価は気になるし、目の前で起きている現実をきっかけに妄想的にストーリーを膨らませるし、
根拠のない自信を持つこともあるし、監督として右から左ま選択が必要なものの決断を迫られるし。

この「8 1/2」には、映画監督としてそれまでの7本と半分の映画を製作してきたフェリーニが感じた気持ちだったり、
聞こえてきた声だったりが、ちょっとだけ誇張されて、さらに凝縮されて詰め込まれています

で、そんな監督が抱えるすべてを、その世界を、その日常を、思いを
美しいモノクロの映像と音楽に乗せて見せてくれます。

映画製作のように、思っていることを形にするのって、
作る喜びみたいなものはもちろんありますが、
それと同じくらい、怖さが潜んでいます。

自分がいいと思ったものを、みんなはどうみるだろうか?
おもしろいアイデアになっているだろうか?

自分をさらけ出してものを作った時に、それを否定されてしまうんじゃないか?
受け入れてもらえないんじゃないか?
みたいな怖さもあると思います。

偉大な監督でもあるフェリーニも、
同じように悩み葛藤し映画を作っていたんだなということが痛いほどわかります

さらに、そう思うと、どんな偉大な監督もみんな一緒なんじゃないかと、
とても親しみがわきますし、できあがったものだけを見て判断することが
いかに表面的なものなのかということがよくわかります。

ものづくりをしている人でなくても、
長い人生、自信をもったり凹んだり、周囲が気になったり、夢中になったりあると思います。

そんな人生の起伏を、自分自身の経験から「映画監督」という設定を通して描いているのが「8 1/2」です。

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映画監督に愛される名画「8 1/2」

映画人フェリーニの人知れずな悩みや思いを、これでもかと盛り込んでいるこの映画は、
そんなわけでたくさんの映画監督に愛されています。

ウディ・アレン、コーエン兄弟、北野武…

映画監督共通の、クリエイター共通の悩みを描いているから、
通じるものがあるんでしょうね。きっと。

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映画の結末はこんな感じ

悩みに悩みぬいて、それでも映画製作を進めることができなかった監督のグイドでしたが、
プロデューサーが先走り、映画の記者発表を開くことになります。

自信がない中で、人前に引っ張りだされるグイドが選んだのは、
なにも答えずテーブルの下に潜り込み、笑われる中、呆れられる中、取り出した銃でした。

はっきりとは描かれていませんが、銃声が聞こえ、グイドが自殺したことがわかります。

とにかくアイデアが出ないときとか、作ってもうまくいかないときとか
死んでしまいたいと思う気持ちになるのも、わかりますよね。

ここでグイドにこういう行動をさせたということは、
フェリーニ自身も、生みの苦しみに悩まされ続けた時は
死んでしまいたいくらいなんだということがわかかります。

その後、映画では建築中のセットの前に、
白い衣装をまとったいままで登場したキャストたちが総出演。

メガホンを持ったグイドの指示のもと、円形になって手をつなぎ踊りだします。

死んだあとではじめて、映画監督らしい姿を見せたグイド。
その姿はきびきびしていて、とても自身に満ち溢れていました。

死んでからようやく、そんな姿を見せることができるようになったグイド。
そこにフェリーニは、自分のなにを重ね合わせようとしたのでしょうかね?

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名前の由来は、だからこそ

特徴的な映画のタイトル「8 1/2」。この名前の由来はフェリーニ自身が製作してきた映画の本数。
1本目の作品が共同監督だったため、その分を1/2としてカウントしているため、「8.5本目」の意味合いでつけたんだとか。

でも、ただの作品番号として付けたのではないと思います。

「8 1/2」は映画監督として映画を作ってきて感じた世界を描いた映画でした。

そう考えてみると、このタイトルも、ただの作った本数のカウントナンバーなんかではなくて、
映画監督としての集大成、だからこそ、このタイトルだったんじゃないかなと思います。

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