映画「君の名は。」ダメなところもあるけど、すごくいいもの観た気になる理由

2016年9月13日

君の名は。

動した云々よりも、いいもん観たなぁって感じです。

新海誠監督は、男女のすれ違いのもどかしさと情景描写の美しさに定評のある監督でした。
しかし、映画「君の名は。」では、そのふとつの特徴にプラスして、さらにエンタテインメントして、最後にはカタルシスも感じさせるなんていう手腕を見せてくれました。

いいんですっ、そんな些細なことは。

君の名は。はとにかく「いいもん観たなあ」って気分にさせる映画でした。なんでそう思ったのか。それは新海誠監督のインタビューを紐解くとわかりました。

ネタバレありです。
ちなみに小説は未見です。

スポンサードリンク

ツッコミたくなる気持ちはわかります

ネットでの書き込みをいろいろ見ていると、好意的な意見もあります。
しかし、イマイチ入り込めなかったという意見もありました。
入り込めなかった理由として挙げられていた内容も、まあ、気持ちはわかります。

細かい状況設定が甘い

状況設定はツッコミどころ満載です。

物語は高校生の男女がなぜか入れ替わってしまうところから始まります。最初は当然のごとく驚きそして戸惑いますが、週3ペースでココロとカラダが入れ替わっているうちに、入れ替わり生活にも慣れ、ルールを作ってこの不思議な現象を乗り切ろうとします。

そんなルールのひとつにお互いの行動を連絡するというものがあります。入れ替わってしまった日に何が起こったのかをお互いが共有しとくためにですね。

でもその連絡手段が、日記アプリなんですよ。

なんで?

普通、何かあったらその場でLINEでも入れますよね。相手のスマホに。

しかも映画の構成上お互いの過ごしている時間が3年ずれているっていうところが物語のポイントなんですがね、この映画は。
日記アプリって普通西暦ありますよね。なかったら日付の同じ日記がいつのものかわかんなくなるし。

週3ペースで入れ替わって普通に生活していたら、テレビ見るだろうし新聞見るだろうし、
普通に今何年で何月何日なのか、目に入りますよね。

でもその辺はいいんです。気づかなくていいんです。
入れ替わってる時間は夢みたいなものだから(形や落書きは残るけど)、起きたらあやふやになってるってことでいいんです。

ご都合主義

物語の要素として大切なモノに、2人の記憶があやふやになるという設定があります。

お互いの名前を忘れていってしまうわけですが、その忘れ方のルールがはっきりしてない。
忘れてしまってるときは忘れるし、覚えているときは覚えている。

作り手の都合いいように見えるということです。
(ま、往々にして映画なんてものは作り手の都合いいようにできていますが)

急なSF展開についていけない

男女の入れ替わりとそれにまつわるラブコメかと思っていたら、そうは問屋が卸しません。

隕石落下してきます。

そこからふたりの過ごしていた時間にタイムラグがあること、隕石が三葉の住む糸守に落ちたこと、三葉は死んでしまったことなど物語は急展開を迎えます。

日常を描いたラブコメから、急にスペーシーなSFそしてタイムスリップものの要素が入ってきて、世界観についていけなくなることもあるようです。

男女のココロとカラダが入れ替わるなんていう手の届く世界から、隕石落下から街を救うっていうだいぶ手を広げた世界に映画が様変わりしてしまったようにも見えます。

でもね、
いいんですっ、そんな些細なことは。

君の名は。で描きたかったテーマを言い表すには、この流れが必要だったんです。

新海誠監督が描きたかったもの

インタビューの中で新海誠監督がこう答えています。

僕たちは可能性の直前にいる

「僕たちは可能性の直前にいる」ということを全力で語れるような作品にしたいと思った

Z会のCMでもテーマになっているようです。
いまって将来とか先行きがまったくわからない時代ですよね。なんとなくどんよりした不安もあります。

でも本当は、先のことなんて誰にもわからないんです。
一寸先は闇かもしれないけど、もしかしたら一寸先は光溢れてるかもしれない。
どっちも可能性のひとつです。

そんな先のことはわからない、いいも悪いもどんなことも起きる可能性がある。
未来に出逢う人と、いま出会ってるかもしれない。そんな可能性の中に、いままさに僕らは生きている。

そんなことを全力で伝えたいと新海監督は語っています。

自分たちが美しい場所にいるんだ

さらにはこんなことも言っています。

「自分たちが美しい場所にいるんだ」っていうのを描きたかったんです

自分のいる場所って、住めば都じゃないですけど、絶対愛着ありますよね。
「君の名は。」はその愛着は絶対に正しいってことを言ってくれています。

映画の前半、三葉は東京のイケメンに憧れ、瀧は糸守の風景に魅了されます。

隣の芝生は青く見えるかもしれないです。
そこで暮らす相手のことを好きになってしまう気持ちもわかります。

でも映画はそこでは終わらないん。なぜなら今自分のいる場所は美しいとメッセージしたいから。
自分とは違う環境の人物になってしまうことで、逆に自分の居場所への愛着を感じるんです。

そこを描くための、人物入れ替わりなんですね。

田舎と都会の高校生が入れ替わる。今回のテーマを考えると、環境の違う2人が入れ替わることが大切であることがわかります。

自分の居るべき場所を描く

新海監督は「自分たちの居場所」について描いてきた監督です。

「秒速5センチメートル」でも「言ノ葉ノ庭」でも、描かれている街の描写がとにかく美しい。
その根底には、「自分のいる場所はやっぱり美しい、そこにいることをわかってほしい」気持ちが根底にあるんですね。

「君の名は。」でもそうです。
三葉が住む糸守も、瀧が住む東京も、どちらも今までと同じくらい魅力的な場所に描かれています。

お互いが入れ替わることで、ふたりは田舎と都会の両方をまさに体験します。
ここまでが前半部分に描かれる前振り。

後半、都会に憧れた三葉は、隕石落下を知って、自分の住む街のために奔走します。
都会に憧れていた描かれ方をしていた三葉ですが、やっぱり自分の居場所が本当に好きでないとあんなに一生懸命にはなれないです。

一方瀧は、クライマックスで自分の居場所を感じます。

隕石落下を防ぎ未来を変えたことに気づかず(忘れて?)大人になります。
三葉や糸守のことを忘れたままなので、なにかが足りないと感じながら東京で暮らしています。
クライマックスで東京のとある階段で三葉と出会い、欠けていたものが埋まる感覚を得ます。
自分の居場所が、そこにあることを見つけました。

瀧の暮らしていた場所でないとダメなんですね。糸守で三葉と再会するんじゃだめなんです。

新海誠監督のインタビューから察するに、
そんな「自分のいる場所ってのは、美しい場所なんだ」っていうのを描いていたのが「君の名は。」でした。

完全なる自己肯定感

ぼくが「とにかくいいもの観たなぁ」って感じた理由、それは映画からとにかく「自己肯定感」を感じたからです。

自分の居場所は美しい、ひいてはそこで生きている自分に間違いってことはないし、自分の歩むべき道はいままでもこれからも間違ったものであるはずがない。

「君の名は。」は全力でそれを言ってくれていると思うんですよね。

自分に自信をもっていいんだ。自分のやっていることに自信をもっていいんだ。
あなたそのものこそが美しいんだから。

そんな完全なる自己肯定を言ってくれている、だからこの映画を見たときに「いい思い」を感じたんだと思います。

だから、いま元気がない人や、自分のやっていることにイマイチ自信が持てない人とかに見てもらいたいと思いますし、、自分もなにか迷ったときなんかにもう一度見たいと思うような映画でした。

僕を元気付けてくれる映画を作った新海誠監督。
その新海誠監督が見てきた作品も興味深いです。新海ワールドを作ったとも言えますから。
映画監督・新海誠が観たアニメ・好きなアニメ・おすすめするアニメで詳しいです。

そんな話を話半分で聞いていただけたら幸いです。

思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせばさめざらましを
(夢で見たあなた、夢だとわかっていたら起きなかったものを)
小野小町
スポンサードリンク

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitter で

PAGE TOP