「物語は先入観で意味が変わってしまうな」と感じたひとつの説話

2016年9月28日

Photo:DSC069231_雨中相偎依 By:Li Jen Jian
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きょう、「人生のプロジェクト Project of Life」(山崎 拓巳 著/)を読みました。
立ち読みですけど。
その中にあった、印象に残った興味深いお話をひとつ。

ある村で同じ作業員としてレンガを運んでいるふたりがいた。
そのふたりに「何をしているんだい?」と声をかけた。
ひとりは「レンガを積んでるのさ。」と言い、
もうひとりは「教会を建ててるのさ。」と言った。
ふたりの人生は、その後大きく異なるものになった。

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言われたまま?or目的を持ってる?

「仕事とかしていく上で、大切なものはなにか?」
そんな文脈の中で、寓話的に語られることが多いみたいです、この話。
要するに、言われたことをそのままにしかやらない人と、
言われたことを自分の中で咀嚼して理解し、目的やゴールを設定して
物事に取り組んでいる人
とは、モチベーションに違いが出る。

で、その積み重ねが、ゆくゆくは人生に大きな違いを生むことになる。
だから、自分の頭で考えて、物事に取り組んでいくことが大事なのだ。
と言ったところでしょうか。

確かに何も考えずに、言われた通りにするだけでは、
仕事に対する責任感も生まれないし、そもそも楽しくもない。
仕事がただの労働になってしまい、つまらないですよね。
ほんとにそう思います。

先入観にとらわれてはいまいか?

ただ、このお話から学べるものって、それだけでもないかなと。

「レンガを積んでいる」と言った人の将来と、
「教会を建てている」と言った人の将来、
ふたりの将来は確かに大きく異なったものになることでしょう。

でも、そりゃそうですよね、そもそも別の人ですもん。

レンガを積んでいる人は、レンガを積むプロフェッショナルになったかもしれないし、
教会を建てている人は、教会を建てた後やる気をなくしたかもしれない。

そうなってたとしても、このお話の通りですよね。

ふたりの将来は大きく異なったものになってますもん。
この短いお話の中には、レンガを積む人が何も考えずに言われたことしかやらない人だ。
とはどこにも描かれていなくて、
話しを聞いた人が、そう解釈したら、なにも考えていない人ってことになるんですよね。

教会を建てようと思っていた人と同じくらい、
一生懸命、レンガを積むことに集中していたかもしれないですよ、この人は。

レンガを積むと答えた人のことを、何も考えない人だと思うことは、
結局、表面的な比較でしか物事を捉えていないことになるんだと思います。

「教会を建てる」より「レンガを積む」の方が単純で何も考えてなさそうですもん。

でもそれって、自分はそう思ったとしても、
本当にみんなそう思ってるんですか?という話しですよね。

自分はそう思うから、あの人もそう思う。
自分の真実は、みんなにとっても真実。

こうやって言うと、そうじゃないって思うんだと思いますが、
「レンガを積む」と「教会を建てる」っていう具体的な話しになると
途端に先入観から、判断がむずかしくなりますね。

多分レンガ積みすることを、目的も何も考えないでできると思ったら、
実際そう言ったシチュエーションに陥った場合に、
こんなことするのはぼくの仕事じゃない、とか
これは意味がないなあ、とか、
そう言った風に考えてしまうと思うんですよね。

話のまとめ

つまり、このお話から考えられたことはふたつ。

ひとつは、自分の取り組んでいることの意味を考えること
もうひとつは、真実はひとりひとりみんなの中にあるから、自分の尺度だけでの判断は
(特に先入観があるようなときは)疑うべき

といったところでしょうか。

そんな考え方もあるかもしれないし、屁理屈かもしれないけど、
ま、噺半分で聞いていただければ幸いです。

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